• 長い歴史と伝統の養和スポーツスクールの運営方針をお聞かせ下さい。

  • 西子:
  • 三菱養和会は、1903年(明治36年)に三菱各社28社の福利厚生を目的に「三菱運動倶楽部」として発足し、1940年(昭和15年)財団法人となりました。養和とは、和を作るという意味で、社員のくつろぎの場として文化・運動活動を推進するために作られました。

    1975年(昭和50年)に三菱創業100周年記念事業の一環として「巣鴨スポーツセンター」諸施設が建設され、2003年(平成15年)には「調布グラウンド」ができました。その間、三菱各社社員の福利厚生以外に、地域住民の方々にも一般開放を始めました。これは、三菱養和会の初代会長、岩崎小彌太の訓であった「三菱養和会は世の中のために尽くす」という教えに基づいており、地域住民の方々に喜んでいただくことをモットーにしています。

    スポーツクラブは、その地域に密接に関わる必要があると考えます。地域の方々のご理解を得てこそ地域密着型スポーツクラブとして成長していくことができます。そういう意味では、大変ありがたいことに、巣鴨スポーツセンター、調布グラウンドともに、多くの方々にご利用いただいており、年齢層でいえば、下は1歳から上は90歳を超えています。子供は、運動をしながらコミュニケーションを図ることにより人間性が養われ、大人は健康の維持管理に励んでいます。


  • 昨年の「Jユース・サッカー・サハラカップ2006」では準決勝進出を成し遂げられました。
    おめでとうございます。
    御法人は育成システムに加え、“トレーニング環境の充実”にも専念されていらっしゃいますが、
    選手育成における施設の重要性をお聞かせ下さい。

  • 西子:
  • 施設の充実は、利用者にとってスポーツに励む動機付けになると思います。ハングリーさは設備の貧しい環境下でこそ育つという考え方もありますが、施設を充実させれば利用者のモチベーションは上がります。ハード面である施設環境を充実させ、さらにソフト面である精神の部分も養えば、能力のある選手はどんどん伸びます。三菱養和会では、サッカー、水泳、器械体操、そしてテニスに、特に力を入れています。サッカー場にはフィールドターフを敷設し、水泳では50m公認室内プールを朝早くから開放し、器械体操は都内屈指の器具を揃えています。

    また、施設環境の重要性が顕著に現れているのが、プロスポーツ選手を取り巻く環境です。例えば、ヨーロッパの育成システムでは、南米やアフリカから選手を招きサッカーチームに迎え入れてチームの活性化を図ります。日本で人気の高いマラソンでも、エチオピアやケニア出身のアフリカ人選手の活躍が多く見られます。より充実した環境下でトレーニングをすれば、選手自身の能力向上につながるだけでなく、周りの選手にも大変良い影響を及ぼすのです。


  • 2001年には「巣鴨スポーツセンター」、2003年には「調布グラウンド」にスポーツ用ロングパイル人工芝・フィールドターフを敷設して頂きました。数あるロングパイル人工芝の中でフィールドターフを採用して頂いた要因をお聞かせください。

  • 西子:
  • 巣鴨スポーツセンターでは、フィールドターフを敷設する前に高密度人工芝を3回敷設した経緯があります。
    ロングパイル人工芝採用にあたって、フィールドターフ以外に候補にあがっていた人工芝を視察に行き、合計6社にプレゼンテーションを行ってもらいました。そして慎重に検討した結果、フィールドターフを導入することに至ったわけです。その大きな要因となったのは、製造会社であるフィールドターフ・ターケット社の“ポリシー”です。
    「経験のない技術者・施工業者には施工させない」という高い技術意識に共感を覚えました。
    以前、高密度人工芝を敷設した時の苦い経験から施工技術の重要性を認識していましたので、敷設後の維持・管理も視野に入れ決断を下しました。

    巣鴨スポーツセンターのグラウンドの施工期間中、毎日施工の様子を見ていましたが、その施工の技術は職人技としか言い様がありませんでした。ひとつひとつの作業が丁寧に施されその技術には大変感心しました。
    フィールドターフの品質と施工技術に満足しましたので、巣鴨のグラウンドに続き、調布のグラウンドにもフィールドターフを導入しました。現在、巣鴨のグラウンドは施工から5年、調布のグラウンドは3年が経過しましたが、高い利用頻度にも関わらず、グラウンドの状態は良好です。
    フィールドターフの品質の高さはもとより、施工技術の高さ、そしてフィールドターフのトータル的なシステムに非常に満足しています。価格ではなく、質を重視し、フィールドターフを選択して本当に良かったと思います。 


  • 西子部長はJFL時代にJリーグ・浦和レッズの前身である三菱重工の選手と伺っております。元サッカー選手から見たサッカー環境の変化などお気づきの点などありましたらお聞かせ下さい。

  • 西子:
  • 私がサッカーを始めた頃は、サッカーに関する情報は非常に限られたものしか得られませんでした。ボールを1個与えられた中で、今とは比べ物にならないほど簡単なサッカーの指導書を元に監督が指導を行いました。1966年第8回FIFAワールドカップでイングランドが初優勝した頃、「ゴール」という映画を観て感銘を受けました。当時、中学2年生だった私は監督から特別映画鑑賞券を頂き映画を観る機会をもらい、初めてこの目で本場の選手(サッカー)を見たのです。それ以来、必死になってボールに向かい、練習に明け暮れました。昔は情報が少ない分ハードルは高かったですし、その分ハングリー精神も強かったのです。

    最近は、本当にいろいろな情報が入ってきますね。今の子供たちは非常に恵まれた環境にあると思います。情報が多い分、指導者もレベルアップしなければなりませんから、三菱養和会では優れた指導者を迎え入れています。また、Jリーグが発足してからサッカーの環境も大きく向上しました。環境が整った分、プロの選手はさらに高いものを要求されています。将来的には、さらに能力の高い選手が育ち、優秀な選手が輩出されることでしょう。サッカーを取り巻く環境は、急速に変化していくと思います。


  • 最後になりますが、今後の御法人のご抱負と、日本スポーツ業界全体の発展に関するご意見/コメントをお願い致します。

  • 西子:
  • 三菱養和会の今後の抱負として、大勢の方々に私どものスポーツセンターに足を運んでいただき、有意義な時間を過ごしていただきたいです。サッカー、水泳、器械体操、テニスをはじめ、ヨガや太極拳など様々なレッスンを提供しています。同時に、あらゆる地域でスポーツ施設が普及することを願っています。ドイツの元サッカーコーチであり、サッカー日本代表の基礎を作った、デットマール・クラマー氏が語ったように、スポーツは「ゆりかごから墓場まで」だと思います。

    日本のスポーツ業界が発展していくためには、日本の社会がもっとスポーツを認めてくれるようになることが重要だと思います。ドイツのマイスター制度を見習って、日本でもスポーツにおける文化勲章などが出来ると良いのではないでしょうか。現在、Jリーグ選手が引退後に迎える第二の人生をサポートする、Jリーグキャリアサポートセンターなどもあります。プロのスポーツ選手がスポーツ以外のフィールドでも活躍できるような社会が出来れば、スポーツ業界はさらに発展していくと信じています。


  • 本日はどうもありがとうございました。御法人の今後のご発展を願っています。

(文中敬称略)